その5

〜シリーズ〜

江戸府内街道ゆく

 

 何故、江戸府内の旧街道筋かと言う事を先ず説明致します。

 秋のある日、東海道の一部でも歩けて、幕末の志士達がたむろしたといわれる、土蔵相模の史跡のようなものでも見つけられればという思いで、品川駅の周辺を散策することにして家を出ました。

 勿論、面倒くさがりですから、事前の下調べ等するはずもなく「品川駅の西口へ出れば第1京浜に出て、南へ下ればそれがそのまま東海道」「土蔵相模は旧海岸通りの辺で簡単に見つけられる」など、何時もの通りの安易な状態で品川駅までやって来ました。

 家を出る時に思っていた目的地が、電車に乗っている間に気が変わってしまって変更になる事もままあるのですが、その日は幸にして?無事品川駅まではやって来る事が出来ました。

江戸東京博物館に再現された日本橋

 現在の品川駅周辺には、ゴジラが最初に上陸した時代?からも、勿論幕末の頃からも、大きく様変わりし、多くのビルが立ち並んでいますが、八ツ山の陸橋を越えて、そのまま昔の海岸通りへ向かうと、古い町並みや運河の佇まいが迎えてくれたのには思わず喜ばずにはいられませんでした。

 しかし、運河や周辺の佇まいを堪能しながら歩けたのは、ほんの僅かの事で、すっかり整備されて交通の激しい現在の海岸通りは、折角散歩に出た気分を満足させてくれるものではありませんでした。

 それでも何かを期待しながら東品川3丁目の辺りまで、現在の海岸通りと旧海岸通りと思われる辺を、歩き続けましたが、結局、土蔵相模の史跡はおろか、興味をそそられるようなものを見付ける事は出来ず、諦めて第1京浜の方へ足を転ずる事にしました。

 それは丁度、青物横丁の駅へ向かう通りでした。次第に東海道四百年の文字が入ったペナント?が目に付くようになり、それまでと町並みの異なる通りが目に入りました。

 風情のある町並みに喜んで足を向けたのですが、それが旧東海道である事を知ったのは、暫く歩いてからの事でした。

 千住の旧奥州、日光街道を歩いた時に、旧街道筋の町並みを楽しめる事は既に経験していましたが(剣客商売の舞台を訪ねて Rout-4)まさか東海道も、このような楽しい町並みを残しているとは思ってもいませんでした。

 それで、もしかしたら旧中山道や旧甲州街道もという二匹目、三匹目の泥鰌を思い付いたのであり、それが日本橋を振り出しに江戸御府内の街道筋を歩いてみようかという単純な思いの出発点だったのです。

現在の日本橋

八ツ山陸橋を越えた先の運河と町並み

旧東海道を示すペナント

旧東海道の通り

 下が実際に、二匹目以上の泥鰌を求めて歩いた記録です。お時間がありましたら、目を通してみて下さい。

Route-1 日本橋から東海道をのぼる(御江戸日本橋九つ発ち)
 

Route-2 中山道をゆく (関ヶ原から新撰組まで色々)

 

以下、近日更新予定?かもしれません!

 

何が?って訳が分りません!

 

 

散歩のTopへ戻る