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何故?散歩なのかと言う話をさせて頂きます。 ある秋の日の休日に『都会の秋』を求めて皇居へ行った事が初めての散歩になり、その時に手に入れた「江戸城の昔と今」という地図が「散歩の記録」の切っ掛けとなりました。 どんな地図かと言いますと、幕末の頃の江戸城周辺の地図に、現在の東京駅や地下鉄の駅、有名なビルの名前等が入ったものです。(下図を御参照下さい) その地図を持って何時ものバーのカウンターへ座り、何時ものように飲んでいる時に珍しさを見せびらかすようにすると、突然「神田は、地図のどっちの方?」と言われ、更に「千葉道場はどの辺だったの?」と聞かれました。 その時は、酔いも手伝っていたので、明日にでもお互いに書店に行って、こんなような地図や資料を調べて、千葉道場があったのは、どの辺なのかはっきりさせようとなったのですが、彼の「千葉道場はどの辺?」という一言が、私を江戸の地図に誘う第二の切っ掛けになりました。 次の休日に、書店に飛び込みそれらしい資料として「歴史の舞台を旅する 坂本龍馬」を購入し、早速、千葉道場を求めての散歩が始まりました。 また、更に後日、幕末の頃の「江戸切絵図」を手に入れた事により、散歩に拍車が掛かりました。

この地図は拡大しません。
最近は、池波正太郎先生の「剣客商売」「鬼平犯科帳」「仕掛人藤枝梅安」が、更に更に散歩に拍車を掛けたような気もします。 そう、私の散歩は、東京都内の散歩というよりも、江戸散歩とでも言うようなものです。 私のホームページの、他の項目も御覧頂けばお解りの通り、歴史や落語等それらしいものが殆どですから、江戸散歩は私にとって、運動不足解消、ストレス解消、好奇心の満足の一石三鳥と思っています。 お時間があって、暇潰しに丁度良いと思って頂ける方、御覧頂ければ幸いです。
New その2 幕末の江戸三大道場を探す その3 江戸っ子だってね。神田の生まれよ。 池波正太郎先生の代表作のひとつ 東海道や中山道、奥州・日光街道など江戸の
本所松坂町の吉良上野介屋敷跡から芝高輪の泉岳寺まで歩いた記録です。
技は千葉、力は斉藤、位は桃井と言われた江戸三大道場は
どの辺りにあったのかと歩いた記録です。
当然、1日で行き着いたわけではありません。
1回の訪れでは見つける事も出来ず、
しつこくしつこく歩いた記録でもあります。
しつこくしつこく書いたつもりはありませんので、あしからず。
広い神田の街をあちこちと歩きました。
勿論、私は神田の生まれではありません。
神田明神には「銭形平次」の石碑があったり、
その周辺には江戸の名残りを感じる事が
出来るような所もありました。
『剣客商売』の主な舞台となった場所の
ランドマークになるようなものを色々と探したりし
ながら江戸府内をぶらぶらしました。
殆どが、隅田川沿いになりますが、各々の街に
それぞれの風情があって楽しいものでした。
五街道を歩いてみました。
場所によっては現在も風情を
感じさせてくれる通りがありました。