DOORV

1996/ビスタサイズ

(98/10/21 V)

脚本・小中千昭

撮影・苧野 昇 照明・原 春男

音楽・トルステン・ラッシュ 美術・小林和美

監督・黒沢 清

 実はこの映画を観るのはこれで3度目になるのだが、その都度サスペンスとしての出来の良さを確認している。

 ただし前半部分に比べて後半は失敗していると記憶していたのだが、今回見直して明らかな失策はクライマックス部分だけに止まっていることに気づいた。惜しくも傑作には至らなかったが、ホラーの秀作である。

 謎の男・藤原(中沢昭泰)に惹かれてゆく保険外交員(田中美奈子)の身の回りに幽霊めいた怪しい女の影がまとわりはじめる。

 その非人間的な出現のしかたに”小中理論”を援用した黒沢清の演出が極めて的確に機能しており、「学校の怪談」中の「あの子はだあれ」とほぼ同じ路線に直結する、ストレートに怖がらせることを狙った(うれしい)作品となっている。

 もちろん鶴田法男の演出技法を忠実に再現して見せているのだが、何故か薄いカーテン(?)で間仕切りされた深夜のオフィスに姿を現した謎の女が主人公に徐々に接近する様を、そのカーテン越しのシルエットで捉えた間接描写は「あの子はだあれ」でも試みられた黒沢清十八番の演出で、全編の白眉といえる。もちろん、このカーテンは映画の映し出されているスクリーンそのものであろう。

 そういえば、ラスト近くで藤原の餌食となってしまった真弓倫子がまるで「リング」のクライマックスでの貞子そっくりの動作で主人公に迫るシーンがあり、おそらく「ほんとにあった怖い話・第二夜」の「夏の体育館」での亡霊の表現に触発されたものだろうが、ほとんどそのままと言ったほうが正しいかもしれない。ただ「リング」と違い、こちらは微かな風とスローモーション撮影で、真弓倫子の”人間離れした”動作にアクセントを付けようとしている。考えてみれば、この”風”というモチーフほど黒沢清の映画を特徴付けているものもないだろう。それはもちろん、黒澤明の暴風とは異なるありさまで、至るところに、もちろんありえない場所にさえ、侵入し、薄膜に繊細な運動を付与してみせる。

 こうした黒沢清の恐怖演出を着実に支えているのが小中千昭のストーリーテリングの卓抜さで、アイディアの斬新さよりも、ありふれたアイディアの断片を組み合わせ、謎解きの過程をサスペンス豊かに構築してゆく技術に関して、現在この脚本家の右に出るものはいないだろう。

 藤原を巡る謎についての謎解きを、主人公以外の保険調査員(諏訪太朗)に担わせて、こうしたジャンルの物語に不可欠な捜査の手順に捻りを加えている点や、主人公の身の回りに発生する怪異を小出しに積み上げて不安感を醸成してゆく手法は正攻法ながら、容易に真似できない話術である。

 ただし、この作品の最大の欠点は映像設計にあり、特に照明設計には大いに疑問が残る。なにしろいくつものシーンで役者の顔に照明が当たらず、完全に潰れてしまっているのは、明らかな欠陥だろう。どうもこの映画の技術スタッフは黒沢清の長廻しスタイルに着いていけなかったようだ。いくら役者が舞台上で移動しようと的確な位置からディテールを浮かび上がらせ、それでいてわざとらしさがないというのが、照明技術者の腕の見せ所のはずで、実際技術スタッフが異なる「勝手にしやがれ」シリーズ等ではそのとおり実践されているのだが、もしも意図的にそうしたライティングを選択したものなら、その試みは無謀だったというべきだろう。

 ただ、このビデオの画質は明らかに水準以下のため、ひょっとするとスクリーンでは暗部が正常に再現されるのかもしれない。


 

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