トイレの花子さん
1998/スタンダード/ビデオ
(98/6/23 V)
脚本・村井さだゆき
撮影・田中 潤 照明・今 明男
美術制作・塩田 仁 音楽・斉藤 修
監督・佐々木正人
脚本家・村井さだゆきにとってホラーとは、サスペンスよりも、むしろミステリーとして捉えられているようだ。そういう視点から考え直して見れば、「PERFECT BLUE」もウルトラマンダイナ「怪獣戯曲」も、それなりに辻褄が合うわけだ。夢や幻想、幻覚といった、一見ホラー映画的な場面が場当たり的にまき散らされているように見えるために、サスペンスの作劇としては成立しない各シーンが、結末で一応の辻褄に収束するというのは、ホラー映画の古典的な作法とは異なるのだが、もはや村井さだゆき独自の作風と納得するしかないのかもしれない。
トイレの花子さんに導かれるように旧校舎で消え、新校舎のトイレで発見された女子中学生の不気味な予言に翻弄される同級生達の姿を、クラスメイトである主人公の少女の視点から描くと見せながら、次第に主人公自身の自己分裂感が深まってゆく。そして物語は、過去の殺人を透視された保健教師(青木裕子)の秘められた記憶を巡って、深夜の旧校舎で三者を取り巻く謎の真相が解き明かされてゆく。
村井さだゆきの脚本の欠点は、ミステリに傾倒するあまり、数々の謎の提示がストーリーテリングのサスペンスに連携していない点にある。本来、映画に必要なのは、ミステリがサスペンスを誘導することだったはずで、本格的なミステリ映画の退屈さはそのことを失念したために起こりがちなのだが、村井さだゆきの作風にもその危惧を抱かないではいられない。大きなお世話?