呪われた美女たち・悪霊怪談

1996/スタンダード/ビデオ

(96/6/29 V)

脚本・小中千昭

撮影・守屋保久 照明・隅田浩行

音楽・尾形真一郎 美術・石毛 朗

編集&監督・鶴田法男

 死んだ女の化粧を頼まれたメイクアップアーチストが依頼人の変質者の狂気に怯えるエピソードは、廊下とドアさえあればホラー映画は成立するという命題を雄弁に証明する鶴田演出の卓抜さを示す水準作だが、テレビレポーターに付きまとう影のような男は伝説の吸血鬼なのか?というエピソードとさらにもう一本の肩慣らしの後に、このオムニバスビデオの白眉が登場する。

 ビデオドラマの素材編集を頼まれた女性が、深夜の編集スタジオで未知の恐怖を体験する。ロケーション撮影のビデオ素材で、演技する俳優たちの背後に赤い服の女の姿が紛れ込み、しかもビデオをプレイバックスするたびに、赤い女の姿が大きくなっていく!つまり、赤い女は徐々に、しかし確実に画面(キャメラ)に接近しているのだ。とすれば、クライマックスには、一体何が起こるのか?

 見るたびに絵の中の人物の位置が変わっているとか、絵から抜け出すといったアイディアは絵画怪談の古典だが、それを真正面から映画(この場合ビデオだが)の中に移植した着想は、ひょっとすると世界初だろうか?いかにも考えそうなことだと思うのだが、寡聞にも他に聞いたことがない。

 鶴田法男の演出は、俳優の背後から着実に接近し、ついには俳優たちを追い抜いて画面一杯に大写しになるところまで接近するという不条理な赤い服の女の配置具合や、しかし長い髪の毛でその顔はあくまで隠蔽するといった部分や、コピーされて粒子の荒れたビデオ素材特有の、色が滲み走査線の目立つザラついた質感が構築するサスペンスに他の追随を許さない冴えを見せ、これ以上見てはいけない思いながらも、続きを見ずにはいられない、いやそれどころかディスプレイを消し、ビデオテープを破壊してもなお出現する赤い服の女に対する主人公の恐怖に観客を完全に同化させてしまう。

 デ・パルマ・タッチのスプリットスクリーンでサスペンスを加味する技法はこの際蛇足に思えるが、「女優霊」の未現像フィルムに写っていた女や「リング」のクライマックスで呪いのビデオから抜け出す貞子のイメージは、おそらくこのオリジナルビデオの衝撃に端を発しているに違いない。

 因みに、この作品は(おそらく)1995年に制作された「Giri−Giri−Girls in 超・恐怖体験」全5巻を1本にまとめたもので、「女優霊」は1996年の公開である。

 しかも、ラストに訪れる衝撃は「リング」のラストを明らかに上回る。出ると判っているにも関わらず、それ以上のものが、しかも絶妙に見澄すまされたタイミングで現れる。その演出、編集は、単なるショッカーの域を遥かに超えて、少なくとも日本映画の歴史には類例のない、恐怖の意味の更新を迫る種類のものだ。腰の抜けるほどの衝撃の後に、見てはいけないものを見てしまったという、どす黒い後悔が刻まれる。

 しかし、このビデオも既にビデオレンタル店の棚から間引かれて姿を消してしまった。大映に抜擢されて演出を担当したオリジナルビデオ「亡霊学級」の不調(小中千昭の脚本で見たかった!)以降、本格的な活躍の機会が失われてしまった鶴田法男だが、中田秀夫、黒沢清ら邦画ホラー・ニューウエーブの先覚者として正当な脚光が当てられることを望みたい。

 ただ、中田秀夫や黒沢清らと比べて、劇映画の正攻法の演出法に通暁していないのが鶴田法男の最大のハンデとなっているように思うが。

(98/8/2 追記)

 このたび入手したビデオを見直して、特にビデオから抜け出す女のエピソードについて、改めて驚いた点を補足しておきたい。

 端的に言えば、このエピソードは徐々に赤い服の女の姿が大きくなるという薄気味悪いサスペンスと、最後に待ち受けるものショッカー演出を、狙い澄ました編集リズム(編集も鶴田法男が兼任)で構築するのが眼目である。途中のスプリットスクリーンを用いたサスペンスの演出も決して悪くはないが、スプリットスクリーンでなければならない必然性もありはしないだろう。

 しかも、ラストの衝撃の大きさは、深夜に一人でビデオを観ていたら、確実に腰を抜かし兼ねない恐るべき正確さで、そんなものがあるのかどうかは知らないが、仮に恐怖中枢とでも呼ぶべき、人間の安易に触れられたくない繊細な部分を情け容赦なく直撃する。

 これに比べれば「女優霊」のラストなど平和なものだし、「リング」のクライマックスだって、まだまだ甘い。むしろ、「リング」で不気味に歪んだ写真のエピソードが、この単純なこけおどしの技法と恐怖中枢をわしづかみする深遠な魔術の合わせ技を、幾分再現し得ていたように思う。

 鶴田法男の演出上の要点は、恐怖の正体を長く見せないということにあるようだ。たしかに、「女優霊」も「リング」も長々と見せすぎたのが失敗だったことが、この作品を観るとよく分かる。

 中田秀夫が「リング」で目指した、子供にトラウマを植え付ける危険映画の見本が、まさにここにある。

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